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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)23号 判決

原告 太田敏兄

被告 日本弁護士連合会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「原告が弁護士登録請求の進達拒絶につきなした異議申立に対し、被告が昭和三五年三月三一日付を以てなした棄却処分はこれを取り消す。被告は東京弁護士会に対し、原告の弁護士登録請求の進達を命ぜよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人等は主文同旨の判決を求めた。

原告は請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は昭和三四年四月以来同三四年三月まで明治大学教授として同大学農学部において農業法学の講座を担当したものであるが、明治大学は学校教育法による大学で法律学を研究する大学院が置かれているから弁護士法第五条第三号所定の「別に法律で定める大学」に該当し、原告は同号所定の右大学の学部において「五年以上法律学の教授の職に在つた者」に該当するものであるから同法条に基づき弁護士となる資格を有する者である。

二、そこで原告は昭和三四年二月二四日入会しようとする東京弁護士会を経て被告日本弁護士連合会(以下被告連合会と略称する)に登録の請求をなしたが、東京弁護士会は同年一一月一二日付を以て登録の請求の進達を拒絶した。よつて原告はこれに対し同年一二月一一日被告連合会に異議の申立をなしたが、被告連合会は翌三五年三月三一日付を以て原告の異議申立を棄却する旨の処分をなし、同年四月二日その旨原告に通知した。

三、しかしながら被告連合会のなした右処分は、次の理由により違法のものというべきである。

(一)  東京弁護士会のなした前記原告の登録請求の進達拒絶には、審査権限のない事項について審査をなした違法があり、右進達拒絶に対する異議申立を棄却した被告連合会の本件処分にもまたこれを看過した違法がある。

すなわち弁護士法第一二条は弁護士会が登録請求の進達拒絶をなし得る場合を規定しているのであるが、右規定によれば弁護士会は「弁護士会の秩序若しくは信用を害する虞がある者」又は「心身に故障がある」かあるいは「第六条第三号にあたる者が除名、業務禁止、登録まつ消、許可取消又は免職の処分を受けた日から三年を経過して請求した」者で、弁護士の職務を行わせることがその適正を欠く虞がある者について、資格審査会の議決に基づき登録請求の進達拒絶をなし得るのであつて、弁護士会が登録請求の進達拒絶をなし得るのは右の場合に限られるのである。換言すれば弁護士会ないし弁護士会に設置された資格審査会は弁護士法第五条第三号所定の資格を有するとして登録請求があつた場合、請求者が右の資格を有するか否かの点について審査する権限を有しないのである。しかるに本件において東京弁護士会は、原告には同法第一二条所定の前記進達拒絶事由がないにもかかわらず、権限を有しない右事項についての審査をなし、原告が無資格者であるとしてその登録請求の進達を拒絶した。従つて右拒絶処分には権限外の事項について審査をなした違法があり、被告連合会のなした本件異議申立棄却処分にはこれを看過した違法があるから、取消を免れないものというべきである。

(二)  仮りに右主張が理由がないとしても、原告が明治大学教授として同大学農学部において担当した農業法の講座は、弁護士法第五条第三号所定の「法律学」に該当するから、原告は同号所定の要件を満たすものであり、従つて弁護士の資格を有する者であるにもかかわらず、原告を無資格者としてなされた東京弁護士会の前記登録請求の進達拒絶処分及び被告連合会の本件異議申立棄却処分は違法のものというべきである。

そもそも弁護士法第五条第三号の規定は、別に法律で定めた基準に適合し学問研究の府として高度の水準にあると認められる大学において、法律学を担当する教授及び助教授に対しては、その具体的な教授課目がいかなる法律学であるかを問わず、特例として弁護士の資格を付与したものと解すべきである。何故なら一定の水準以上の大学において法律学の特定の分野を大学教授として深く専門的に研究した者は、その周辺の法律学の分野一般について量的に広い学識を有することになるだけでなく、質的に法律学全般に通ずる深い法律的思考様式を体得することになる。従つてその分野が農業法であろうと、民法、刑法あるいは国際法であろうと、これを深く究めた者はいかなる法律をも適正に解釈し取扱うことが可能となるのであるから、かかる大学において法律学を担当する教授又は助教授である限りは、その具体的な教授科目がいかなる法律学であるかを問わず、その高い識見と深い研究に信頼して弁護士としての資格を付与することとするとともに、かかる範囲の法律学の教授及び助教授に右の特例を認めることによつて、わが国の在野法曹に諸外国の法制の研究の在り方、その学問の論理等の新しい知識を付与し、わが国の弁護士の水準を高めようとする点に前記規定の法意があると解すべきだからであり、だからこそ右規定の法文が単に「法律学の教授又は助教授の職に在つた者」として、その専攻科目のいかんについてなんらの制限を付していないのである。従つて原告が明治大学農学部において担当した農業法の講座は、弁護士法第五条第三号にいわゆる「法律学」に該当するものというべきである。

以上のとおり述べ、さらに被告連合会の主張に対し次のとおり述べた。

1、前記のとおり一般的に言つて農業法は弁護士法第五条第三号にいわゆる「法律学」に該当するものというべきなのであるが、この点に関し被告連合会は右法条にいわゆる「法律学」には解釈上なんらかの制限を付すべきであり、かつこれを付するに当つては司法試験法において試験科目と定められている法律科目を重要な尺度とすべき旨主張する。しかしながら司法試験において定められている試験科目は決して一定不変のものではなく、同法の改正によつて幾度か変更されて来ているのである。すなわち司法試験及び従前の制度でこれに対応する判事検事登用試験、高等試験司法科試験の試験科目を見るに、その法律科目は明治二四年以後昭和二八年に至るまで数度の改正によつてかなりの変遷が見られるのであつて、一例をあげれば、筆記試験の試験科目については明治二九年の改正によつて国際公法、国際私法が始めて試験科目に加えられたが、昭和四年以後国際公法が一旦姿を消し、昭和二一年の改正によつて再びこれが復活したが同二四年の改正以後は全く姿を消した反面、新しく労働法が試験科目に加えられるに至つている。この事実によつても司法試験法によつて定められた試験科目を制限の尺度とすべしとする被告連合会の主張の理由がないことが明らかであつて、もし弁護士法第五条第三号にいわゆる「法律学」にそのような制限を付すべきであるならば、当然その旨を右法文に明示すべきであるが、同法条は前述のとおりなんらこれに触れるところがない。このことは右法文の解釈について原告の見解が正しいことを裏づけるものである。

なお大正三年法律第四〇号による旧弁護士法の改正において、「法律学ヲ修メタル法学博士」は試験を要せずして弁護士たることを得る旨の特例が規定せられたが、右規定は現行弁護士法中の前記第五条第三号と同一趣旨の規定と考えられる。そうして当時の前記試験科目は民法、商法、刑法、民事訴訟法及び刑事訴訟法の五科目に過ぎず、もし被告連合会主張のようにその当時の試験科目を尺度とするならば、前記特例中にいわゆる「法律学」は右の五科目のみに限定される筈であるが、当時それ以外の憲法、行政法あるいは国際法等を専攻し法学博士の学位を授与された学者に対して右規定の適用が排除されていたとは考えられない。また裁判所法第四一条第一項第六号には最高裁判所の裁判官の任命資格として弁護士法の前記法条と同様の規定があるが、これまで同号の規定により最高裁判所の裁判官に任命された者のなかには、任命当時司法試験の試験科目に含まれていない法律科目の教授等もあつたものであり、これらの事実は原告の主張の正しさを裏づけるものというべきである。

また被告連合会は司法試験法所定の試験科目は弁護士の職責遂行上必要とされる法律的素養を法定したものであるというけれども、試験科目中の選択科目については、その科目を選択しなかつた場合にはこれについての法律的素養を有するか否か不明のまま弁護士となる場合もあるのであるから、右主張の正当でないことは明らかである。

被告連合会は、わが国の実務家にとつては農業法に関する学識と応用能力を備えることの必要性が比較的低かつたと言うけれども、明治、大正以来の各地における小作争議及びこれに関係する夥しい訴訟の発生の事実及び最近においても農地関係の訴訟事件が少くない事実を考えるときは、右主張もまた正当でないというべきであるし、また被告連合会はわが国の現状としては農業法に関しまとまつた体系的な著述もない実済にあるというが、これまた当らざるも甚しいというべきであり、そのような著述はわが国においても海外においても枚挙に暇がない。

そうして従前からわが国の各大学においては、北海道大学及び旧台北帝国大学がかつて講座制をとつていたほか、九州大学、東京大学、京都大学、東京農業大学及び日本大学等が科目制をとつて農業法の講義を行つており、その他多数の大学において農業法関係の講義が行われている。なお右の講座制であるか科目制であるかということは農業法が弁護士法第五条第三号にいわゆる「法律学」に該当するか否かということとは関係のないことである。

2(イ)  弁護士法の右法条にいわゆる「大学の学部」に農学部も含まれることは、法文上学部の種別についてなんらの限定がない以上当然である。そうして被告は原告が明治大学農学部において担当している農業法講座は一般教養を目的とするものであるというが、文部省一般教育科目(当初は「一般教養科目」という呼称であつたが、昭和二六年学校教育法改正により「一般教育科目」と改められた。)と専門科目をはつきり区別しており、農業法は専門科目の一つとして認可されているのである。因みに昭和三〇年当時の明治大学農学部農業経済学科における法律学部門の学科目は、一般教育科目としては法学であり、専門科目としては憲法、行政法、民法、商法及び農業法であつた。

また被告は原告の担当する農業法講座の講義題目及び講義時間等を問題としているけれども、弁護士法第五条第三号は「法律学の教授又は助教授の職に在つた者」として、講義の有無よりもむしろ在職を要件としているのであるから、法の趣旨は右の職に在つた者の学識、経験を信頼して弁護士資格の特例を認めたものであつて、あえて講義内容に立ち入り審査したうえで弁護士資格を与える趣旨と解すべきではない。また講義時間についても、大学における教授及び助教授の職務には研究と講座担任の二面があるのであるから、単に講義時間数のみを以てその者の学識なり造詣の深浅を計るのは正当でない。そうして明治大学農学部農業経済学科においては、農業法の講義のほかに、一週二時間三〇単位合計六〇時間の演習(ゼミナール)があり、昭和二七年度及び同二八年度における右講義及び演習の内容は別紙(一)記載のとおりであつて、憲法、行政法、民法、商法及び労働法等の高度の専門的な法律的知識なしには農業法の研究を十分にすることはできないのである。これを逆に言えば、農業法を研究する者こそ大学において民法、刑法、民事訴訟法等を教授する者以上に弁護士に必要とされる法律的素養、実務上の知識を有する者であると言えよう。

(ロ) 被告は原告が大学設置審議会において判定を受けた際、農業法律の科目は農学に関する科目として審査されたのであつて法律学の科目として取り扱われたのではない旨主張するけれども、この論法を以てすれば商学部における法律科目は商学に関する科目となり、経済学部における法律科目は経済学に関する科目となる筋合であるから、その当らざることは明白である。

被告訴訟代理人等は答弁として次のとおり述べた。原告主張の事実のうち原告がその主張の期間中明治大学教授として同大学農学部において農業法の講座を担当したこと、明治大学が弁護士法第五条第三号所定の「別に法律で定める大学」に該当すること、原告が同号所定の要件を満たすとして昭和三四年二月二四日入会しようとする東京弁護士会を経て被告連合会に登録の請求をなしたところ、東京弁護士会が同年一一月一二日付を以て登録請求の進達を拒絶したこと、そこで原告がこれに対し同年一二月一一日被告連合会に異議の申立をなしたところ、被告連合会が翌三五年三月三一日付を以て原告の異議申立を棄却する旨の処分をなし、同年四月二日原告にその旨通知したことはいずれも認めるが、その余の原告の主張は争う。被告連合会のなした前記異議申立棄却処分にはなんら違法の点は存在しない。すなわち、

(一)  原告は弁護士会が登録請求の進達拒絶をなし得るのは弁護士法第一二条所定の場合に限られる旨主張するけれども、無資格者の登録請求の進達を拒絶し得るのは当然であり、かつ資格審査会は同法第五一条第二項により登録関係の請求について必要な審査をなす機関であるから、無資格者の登録請求に対し右資格審査会の議を経てその進達を拒絶してもなんら違法ではない。

(二)  原告は弁護士法第五条第三号所定の要件を満たしていないから、弁護士の資格を有しないものというべきである。その理由は以下に述べるとおりである。

1、一般的に言つて「農業法」は弁護士法第五条第三号所定の「法律学」に該当しない。

すなわちそもそも弁護士は基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし(弁護士法第一条第一項)、常に深い教養の保持と高い品性の陶やに努め、法令及び法律事務に精通しなければならないのであつて、その職務は当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱によつて、訴訟事件、非訟事件及び訴願、審査の請求、異議の申立等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務を行うことを内容とするものである(同法第三条第一項)。弁護士はこのように高い使命と重大な職責を持つて広範な法律事務を取り扱うものであり、かつこれに精通することを要請されているのであるが、その要請に応えるため弁護士の資格については原則として司法修習生の修習を終えることが要求されている(同法第四条)。そうして同法第五条第三号は右の原則に対する特例として、「五年以上別に法律で定める大学の学部、専攻科又は大学院において法律学の教授又は助教授の職に在つた者」に対し弁護士の資格を付与したのである。従つて弁護士の前記のような高い使命と法律実務家としての重大な職責にかんがみ、さらに右の弁護士法が特例として弁護士の資格を付与した精神に照らすときは、同法条にいわゆる「法律学」は決して原告の主張するように無限定のものではなく、解釈上なんらかの合理的合目的的な制限を付すべきものと考えなければならない。そこで広範な法律学の分野に対し解釈上いかなる限定を付すべきかを考えてみるのに、前記のとおり弁護士法が司法修習生の修習を終えることを弁護士の資格の原則としているということは、裏がえして言えば司法修習生の過程を終えた者は一応法の要求する使命と職務職責を果たすに足りる能力を有するものと一般的に認められているということである。ところで司法修習生になるためには司法試験法に定める試験に合格することが必要である(裁判所法第六六条第一項)。そうして司法試験は裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者が必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする国家試験である(司法試験法第一条第一項)。裁判官、検察官とともに弁護士は法律実務家であり、社会に発生する具体的な法律的事件を具体的に処理して行くことがその職務であるが故に、学識とその応用能力の両面を兼備することが要請されるとともに、また学者のように狭い特殊な専門的分野を深く研究するのではなく、日常発生する各種の法的紛争を処理するに足りる広い法的知識を備えることが要請されるのであり、司法試験はかかる意味での学識及びその応用能力の有無を判定することを目的とするのである。以上のことを考慮するときは、弁護士法第五条第三号にいわゆる「法律学」の範囲を劃するに当つては、司法試験法に試験科目として規定されている法律科目が重要な尺度となるものと解すべきである。もちろん右の「法律学」が試験科目となつている法律科目のみに限定されるものとはなし得ないかも知れないが、右の試験科目は少くとも解釈上判定の一つの尺度となるものといわなければならない。そうして司法試験法第六条(昭和三三年法律第一八〇条による改正前のもの)は、試験科目として憲法、民法、商法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法、行政法、破産法、労働法、国際私法及び刑事政策を列挙しており、これらは弁護士の前記職責遂行上必要とされる法律的素養を法定したものということができるが、農業法はその中に含まれていない。

原告は明治時代以来試験科目が変遷して来たことを理由として、前記法条にいわゆる「法律学」を試験科目に限定することないしこれを判定の尺度とすることを非難するようであるけれども、裁判官、検察官及び弁護士が社会に日常発生する具体的な法的紛争の処理をその職務とするものであることは前述のとおりであつて、社会の発展とともに社会に惹起される法的紛争の性質もまた変化して来るのは当然であり、これに伴い法律実務家である前記弁護士等に対してもその処理に必要な学識を備える社会的必要ないし要請が生じ、その結果新科目が試験科目に取り入れられる等の結果を生ずるに至つたものである。すなわち原告の指摘する試験科目の変遷は、わが国の経済的社会的発展を反映するものに過ぎず、これを以て試験科目を判定の尺度とすることを否定する根拠とするのは理由のないことである。そうして原告の専攻する農業法が未だかつて一度も試験科目となつていないことは、わが国においては明治以来法律実務家としては、農業法に関する学識と応用能力を備えることの必要性が国家的、社会的に比較的小さかつたことを証明しているというべきであろう。

一方農業法律学ないし農業法も、農業に関係ある法律を対象として研究をなすものである限りにおいて、ある場合の法律学の範躊に属し法律学の一部ということはできるかも知れない。そうして農業法も例えば経済法、薬事法、厚生法といつた分類と同様、農業に関係ある諸法律を対象として一括することができ、その一括されたものに斉合性ある体系を創ることは、現在における体系化がどの程度かは別として不可能であるとはなし得ないであろう。しかしながら農業法は公法と私法の双方に跨る莫大な法律を対象とするものであつて、民法、商法、刑罰法をもその一部に内包しているものであるし、さらにわが国の現状としてはまとまつた体系的な著述もない実情にある。また各大学における農業法ないし農業法律学の講義もいずれも講座制をとつていないばかりでなく、科目制としてのそれに対する見方ないし取扱も異るものがある。これらの点から考えても、農業法ないし農業法律学がその呼称は別としてどの程度に学問的体系を具備しているかは、現在においてはなお判然としていない。

以上の諸点からすれば、農業法ないし農業法律学は少くとも現在の段階においては弁護士法第五条第三号にいわゆる「法律学」に該当しないものと解するのが相当である。

2、原告が明治大学農学部において担当している「農業法」の講座は、弁護士法第五条第三号にいわゆる「法律学」には該当しない。

すなわち弁護士は裁判官及び検察官とともに法律実務家であり、また一般に法律の専門家と見られているのであつて、またある程度排他的に実務を取り扱うものとしてその資格を認められていることから考え、法は弁護士たるべき者に相当高度にして専門的な知識を予定しているものといわなければならず、従つて弁護士法第五条第三号にいわゆる「法律学」は相当高度にしてかつ専門的な法律学を意味するものというべきである。ところで原告が明治大学農学部において担当している農業法の講座は右のような意味での「法律学」に該当しないものである。すなわち、

(イ) 原告が明治大学農学部農業経済学科において担当している農業法の講座は、それが必須科目であり、名目上専門科目とされているとしても、その実質は農業専門家養成に資するための一般教養を目ざすものであつて、農業法の専門家養成を直接の目的とするものではない。このことは外国語を専攻としない学部において必須科目とされる外国語は、その学部が直接の目的とする専門家養成に資するための一般教養を目ざすものであつて、その外国語の専門家養成を直接の目的とするものでないことと同断である。このような観点から見るときは、農学部における農業法ないし農業関係法は例えば医学部、薬学部における医事法、薬事法、土木建築を専攻とする学部における建築関係法のごときと同様、学校教育法第五二条後段にいう「深く専門の学芸を教授研究し」に当るものではなく、同条前段にいわゆる「広く知識を授ける」部分に入るものである。換言すれば農学部における農学法は、農学部がそれを直接の目的としている専門科目ではなく、右の専門科目を広く補完し、農学部の目的とする農業専門家養成に資するための一般的教養を目的とするものに過ぎない。もちろん一般教養といつても例えば語学や論理学ないし倫理学のような一般教育課目としていわば予備的基礎的課程とされる科目とは異るところがあろうが、特定の専門を補完するための科目として特殊の一般的教養に属するものであり、いわば前者を類的一般教養科目といえるのに対して、後者は種的一般教養科目というべき関係にあるといえるものである。これを要するに農学部における科目としての農業法は、農学部の専攻的主科目ないし右学部又は学科の目的とする専門家養成のための科目の補完的役割を果すものであり、又はその専門に必要な特殊的一般教養を目的とするものに過ぎない。

次に以上に述べたことに関連して原告が明治大学農学部において担当していた農業法講座の内容を見てみると、農業法が公法と私法の双方に跨る莫大な法律をその対象とするものであることは前記のとおりであるところ、原告主張の昭和二七年度及び同二八年度における講義及び演習の内容は知らないが、原告が被告連合会の資格審査会に提出した講義要目は別紙(二)記載のとおりの内容である。そうして原告が農学部農学科及び農業経済学科において担当した農業法は、同学部第四学年前後期各単位合計四単位であり、一期は一五週として毎週二時間の授業により二単位となるものであるから、結局農学部の各科において六〇時間の講義時間となる。右講義時間は絶対値としては必ずしも少ないとはいえないにしても、前述のとおり農業法の対象である法領域が広範であり、さらにわが国の現状では体系的にまとまつた著述もなく従つて体系的基準も明確になつていない実情にある点を考えれば、余りにも少ない授業時間というべきであろう。のみならず前記の講義要目によれば、類似の法律をそれぞれ一括してあるとはいえ必ずしも共通的な法原則等により統一できないようなものであつて、便宜的な並列的分類に過ぎないと目されるものもある(例えば農地法と入会権、永小作権、農業倉庫法と食糧管理法の如し)。

以上の諸点を考えるときは、原告が明治大学農学部において担当している農業法講座は、農業関係法についての一般的な概観を与えることを目的とするものというべく、いわば農業関係法の概論であり入門であつて、前述のように農学部の目的とする農業専門家養成に資するための一般的教養を目的とするものであつて、高度の又は専門的な学問として体系化された農業法律学とはいえないものである。

この点に関し原告は弁護士法第五条第三号は「法律学の教授又は助教授の職に在つた者」と規定しており、講義の内容、時間等の如何よりは在職を要件としているのであるから、法は右の職に在る者の学識、経験を信頼して弁護士資格の特例を与えたものであり、あえて講義の内容等に立ち入つて審査したうえで弁護士の資格を与える趣旨と解すべきではない旨主張する。なる程弁護士法第五条第三号は一定の大学の学部、専攻科又は大学院において法律学の教授又は助教授の職に在つた者と抽象的に定めているだけであるから、原則としては講義内容に立ち入る必要はないと言えるかも知れない。しかしながら大学の学部においては実際上いわば予備的ないし基礎的課程が設けられ、そこで法学入門ないし法学の概論が講義されているのが実情であるが、このような程度の課程の講義を担当する教授又は助教授を前記法条にいわゆる法律学の教授ないし助教授とすることは、弁護士法の精神に反すると考える。また例えば教育学部における教育関係法規の科目や医学部、薬学部における医事法、薬事法の科目等が、一般的にいつてその専門に必要とされる特殊な一般教養科目に過ぎないというべきであり、かかる程度の法律の講義を目して前記法条にいわゆる「法律学」と解すべきでないのは前述のとおりであるが、このような観点に立つ限り弁護士資格の特例を認めるに際して例外なく講義の性格や内容に立ち入るべきではないとはなし得ないものである。

(ロ) 次に原告は昭和二四年一月大学設置審議会において明治大学農学部設置許可申請の件を審査するに当り、農学部教授として農政学、農政史、農業法律を担当するにつき適格と判定されたものである。ところで大学設置審議会による教授の資格審査はその後改正の結果大学設置基準(昭和三〇年二月二二日文部省令第二八号)に定める資格に基ずいて各大学において審査任命されることとなつた。従つて現在においては各大学の学部において前記資格基準に基ずき任意に法律学担当の資格を付与しても違法ではない。しかし前述のとおり大学設置審議会において原告が農業法律を担当するにつき適格と判定された際には、農業法律の科目は農学に関する科目として審査されたのであつて法律学の科目として取り扱われたのではない。このことはそれが佐藤寛次を主査とする農水産専門分科会の判定によつたことに徴し明らかなところである。

以上要するに原告の明治大学農学部における農業法の講座は農業専門家を養成するための一般教養を目的とするものであり、その内容、講義時間等もその目的に相応するものであつて、右の講座を担任するについて原告が適格性を有するか否かの認定に際しても右科目が農学に関する課目であることを前提として農水産専門家によつて認定されたものであるから、右農業法講座は弁護士法第五条第三号の意味する相当高度にしてかつ専門的な法律学には該当しないものというべきである。従つて原告は右条項所定の要件を満たしておらず、弁護士の資格を有しないものであるから、原告の弁護士の登録請求の進達を拒絶した東京弁護士会の処分は正当であつたのであつて、これに対する異議申立を棄却した被告連合会の処分もまた正当というべきであり、原告の請求はその理由のないことが明らかである。

(証拠省略)

理由

原告が昭和二四年四月以降同三四年三月までの間、明治大学教授として同大学農学部において農業法の講座を担当したこと、及び明治大学が学校教育法による大学で法律学を研究する大学院が置かれており、弁護士法第五条第三号所定の「別に法律で定める大学」に該当することは当事者間に争がなく、原告が自己において同号所定の要件を満たし弁護士の資格を有するとして、昭和三四年二月二四日入会しようとする東京弁護士会を経て被告連合会に登録の請求をなしたところ、東京弁護士会が同年一一月一二日付を以て原告の登録請求の進達を拒絶したこと、そこで原告がこれに対し同年一二月一一日被告連合会に異議の申立をなしたところ、被告連合会が翌三五年三月三一日付を以て原告の異議申立を棄却する旨の処分をなし、同年四月二日原告にその旨通知したこともまた当事者間に争がない。

そうして原告は被告連合会のなした右処分が取り消されるべきものである旨主張するので、以下この点について判断する。

(一)  原告は弁護士名簿への登録請求を受理した弁護士会は、弁護士法第一二条第一、二項所定の事由がある場合に限り右請求の進達を拒絶し得るのであり、右請求が同法第五条第三号所定の資格を有するとしてなされたものである場合においても、右の資格を有するか否かの点については審査権限を有しない旨主張する。なる程弁護士法第一二条(昭和三六年法律第一三七号による改正前のもの)は弁護士会が登録請求の進達を拒絶し得る場合として、原告主張のように(1)弁護士会の秩序若しくは信用を害する虞がある者、(2)(イ)心身に故障があるか又は(ロ)同法第六条第三号にあたる者が除名、業務禁止、登録まつ消、許可取消又は免職の処分を受けた日から三年を経過して請求したときの何れかに該当し、弁護士の職務を行わせることがその適正を欠く虞がある者、及び(3)登録の請求前一年以内に当該弁護士会の地域内において常時勤務を要する公務員であつた者で、その地域内において弁護士の職務を行わせることが特にその適正を欠く虞があるものを列挙しているのみであり、また同法第一五条は被告連合会が弁護士会から登録の請求の進達を受けた場合において、これを拒絶し得る事由として右第一二条所定の事由をあげるのみである。しかしながら同法第四条又は第五条各号所定の弁護士の資格を有しない者、あるいは同法第六条各号所定の欠格事由がある者から登録請求があつた場合には、これを許容し得ないことはもちろんであるから、被告連合会としてはもし弁護士会からそのような登録請求の進達を受けた場合にはこれを拒絶すべきが当然であるし、また弁護士会としても登録請求を単に被告連合会へ中継するのみでなく、弁護士法第一二条により前記同条列挙の事由の存否につき実質的審査をなしたうえその進達をなすか否かを決する権限を与えられているのであるから、右法条所定の進達拒絶事由の存否のみでなく、さらにその前提要件である請求者についての法定の積極的資格の有無及び消極的資格としての欠格事由の存否についても審査をなすべきであり、もしその点についての要件に欠缺があり登録請求が拒絶されるべきものであることが明らかとなつたならば、被告連合会への進達を拒絶すべきものと解するのを相当とする。そうして各弁護士会ないし被告連合会にそれぞれ置かれている資格審査会は、弁護士法第五一条により設置され、その設置された弁護士会又は被告連合会の請求により、登録、登録換及び登録取消の請求に関して必要な審査をなす職務権限を有するものであり、弁護士会が登録請求につき同法第一二条所定の事由ありとしてその進達を拒絶する場合、及び被告連合会が登録請求の進達拒絶に対する異議申立についての処分をなす場合にはいずれもその資格審査会の議決に基ずかねばならないのである(同法第一二条、第一四条)。従つて請求者が無資格者であるとして弁護士会においてその登録請求の進達を拒絶し、または被告連合会においてその進達拒絶に対する異議申立について処分をなす場合においても、それぞれその資格審査会の議決に基ずいてなすのが相当と解せられる。よつて本件において東京弁護士会が原告の登録請求につき、その資格審査会をして同人がその主張のように弁護士法第五条第三号所定の要件を満たしているか否かを審査せしめたうえ、これを否定して登録請求の進達を拒絶した点については、なんら原告主張のような違法は存在しないし、被告連合会が同様その資格審査会の議決に基ずいてなした本件処分についても右の点についての違法は存在しない。よつてこの点に関する原告の主張は採用することができない。

(二)  次に原告は、原告が前記当事者間に争ない事実のとおり明治大学教授として同大学農学部において担当した農業法は、弁護士法第五条第三号所定の「法律学」に該当するから、原告は同号所定の要件を満たすものであり、従つて弁護士の資格を有するものである旨主張するので、この点について判断する。

そもそも弁護士は基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とするものであり(弁護士法第一条)、当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱によつて、訴訟事件、非訟事件及び訴願、審査の請求、異議の申立等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務を行うことを職務とするものであつて(同法第三条)(昭和三七年法律一六一号による改正前のもの)、常に深い教養の保持と高い品性の陶やに努めるとともに、法令及び法律事務に精通することが要精されるのである(同法第二条)。

以上の弁護士の職責にかんがみ、弁護士の資格は司法修習生の修習を終えることによつて与えられるのを原則としている(同法第四条)。そうして同法第五条第三号は右の原則に対する特例として、「五年以上別に法律で定める大学の学部、専攻科又は大学院において法律学の教授又は助教授の職に在つた者」に対して弁護士の資格を付与しているのであり、右の「別に法律で定める大学」については、「弁護士法第五条第三号に規定する大学を定める法律」(昭和二五年法律第一八八号)により、「学校教育法(昭和二二年法律第二六号)による大学で法律学を研究する大学院の置かれているもの及び旧大学令(大正七年勅令第三八八号)による大学」と定められている。右の各規定の趣旨は次のとおりであると考えられる。すなわち学校教育法による大学のうちいわゆる国立大学については、国立学校設置法(昭和二四年法律第一五〇号)により大学院を置く国立大学が定められているし(同法第三条の二)、いわゆる私立大学については学校教育法第四条私立学校法第五条により大学院の設置には所轄庁たる文部大臣の認可を受けなければならないことと定められているから、いずれにしても、法律学を研究する大学院の設置されている大学は旧大学令による大学とともに、こと法律学の分野に関しては人的あるいは物的に一定水準以上の充実した設備を有するものと考えられるし、教授ないし助教授の任用についてもより慎重に手続が行われるものと考えられる。従つてそのような大学の学部、専攻科又は大学院において一定の期間法律学の教授又は助教授の職に在つた者は、実定法一般に通ずる基本的な法律的思考様式を体得しその学殖、識見等において法律専門家たるにふさわしい筈であるばかりでなく、その専攻の分野のみでなく実定法一般あるいは少くともその相当な範囲について法律実務家として必要とされる程度の知識を有するに至つているものと考えられる。従つてこれらの者が司法修習生の修習を終えていなくても、法律専門家でありかつ法律実務家である弁護士の資格を与えるのになんの差し支えもない。以上のとおりの法意であると解するのが相当であり、そうしてこの法意に照らして考えるときは、弁護士法第五条第三号にいわゆる「法律学の教授又は助教授の職に在つた者」とは、必ずしも法律学を専攻する学部、専攻科ないし大学院の法律学を専攻する研究科において右の職に在つた者のみを指すものではないが(旧弁護士法では三年以上帝国大学法科教授たりし者に弁護士の資格が与えられていた。)その反面法定の要件を満たす大学の学部、専攻科又は大学院において法律学に関する科目として講ぜられているもののすべてが弁護士法第五条第三号にいわゆる「法律学」に該当するものではなく、その実質的内容が前記の法意に適合するもののみがこれに該当するものと解するのが妥当である。このような観点に立つときは、法医学、刑事学、行政学、社会学あるいは政治学等の周辺科学はもちろん、いわゆる法律学の範疇に入る科目のうちでも、法哲学あるいは法制史学等の如く専ら法律学の哲学的側面ないし歴史的側面のみを研究の対象とする学問は前記法条にいう「法律学」に該当しないものと解すべき反面、右の「法律学」は必ずしも司法試験法(昭和二四年法律第一四〇号)による司法試験及び従前の制度でこれに対応するものと考えられる判事検事登用試験、高等試験司法科試験の試験科目に限定されるものではなく、右の試験科目となつたことのない法律科目であつても、前記の趣旨に適合する限りは前記法条にいわゆる「法律学」であると解するに妨げなきものというべきである。

そこで次に原告が明治大学教授として同大学農学部において担当した農業法が、右に述べた趣旨での「法律学」に該当するか否かの点について考える。現在一般に農業法律学ないし農業法学と呼ばれているものが広く農業に関する法律をその対象とし、農業の性質から生ずる特性に着眼してこれを統一的に研究することを目的としているものであることは公知の事実である。そうしていずれも成立に争のない甲第六号証の一ないし七、乙第七号証の一ないし四によれば、大正一三年七月から昭和二八年七月までの間北海道大学農学部農業経済学科に「農林法律学」なる名称の講座が置かれていたことがあり、その他右北海道大学及び九州大学、東京大学、京都大学及び日本大学その他の大学の農学部において、大正年間あるいは昭和二一年頃以降「農業法律学」ないし「農業法」なる名称の講義がなされている事実を認めることができ、他に右認定に反する証拠は存在しない。また内外の文献、学術的著作にいわゆる「農業法」に関するものが多数あることも公知の事実である。しかしながら当裁判所としては、右の事実にもかかわらず農業法律学ないし農業法学は公法及び私法の双方の領域に跨る膨大な量の実定法をその対象とするものであり、少くとも現在の段階においては、他の民法、商法、刑法あるいは訴訟法等の実定法学における如き統一的な体系を組成するには至らず、その完成は将来の課題として残されていると考えるものである。これと異る原告の主張は採用の限りでない。しかしながら農業法学がそれ自体としては統一的な体系を完成していないとしても、それが前記のとおり公法及び私法の双方の領域にまたがる民法、商法あるいは行政法等の実定法の一部を研究対象とするものである限り、その具体的内容如何によつては必ずしも常に前記「法律学」に該当しないものとすることもできないであろう。この点につき原告は、弁護士法第五条第三号は「法律学の教授又は助教授の職に在つた者」と規定して、講義の有無よりも在職を要件としているのであるから、右の職にある限りあえて講義の内容に立ち入つて審査するまでもなく弁護士の資格を与える法意であると主張するけれども、右法条にいわゆる「法律学」が無限定のものではなく法律の趣旨から来る制限が存することは前述のとおりであるし、また例えば憲法、民法、商法、刑法あるいは訴訟法等を対象とする実定法学については、おのおのが一応完成された理論的体系を有するのであるから、それを対象とする法律学である限りこれを担当する教授又は助教授の講義ないし研究の内容等に立ち入るまでもなく、一応前記のような弁護士法の趣旨を満足させるに足るものと推認することができようが、農業法についてはそれが未だ統一的体系を完成するに至つていないことが前述のとおりである以上、その具体的な講義ないし研究の内容に立ち入らなければ果してそれが前記法条にいわゆる「法律学」に該当するか否かを決し得ないことは前述のとおりであるから、前記原告の主張はその理由がない。そこでさらに原告が明治大学農学部において担当している農業法の具体的内容について検討してみる。

いずれも成立に争のない乙第二号証、同第五号証、同第六号証の一、二並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。すなわち昭和三三年度における明治大学農学部農業科及び農業経済学科の講義には専門科目としていずれも原告が担当する農業法の科目があるが、その単位数は四年の前期及び後期各二単位合計四単位、その授業時間数は毎週二時間である。そうしてこの点についてはその以前の年度においても大きな差異はなかつたものと推認される。そうして原告は昭和二三年四月明治農業専門学校講師となり、同年九月同校教授、同年一〇月同校農学科長の地位につくとともにその間農業法規の講義を担当していたが、その後昭和二四年一月大学設置審議会において明治大学農業部設置認可申請の件が審査されるに当り、右農学部教授として農政学、農政史及び農業法律を担当するにつき適格と判定され、同年四月以後前記当事者間に争ない事実のとおり明治大学教授として同大学農学部において農業法の講座を担当することとなつた。そうして原告は右の農業法の講義のほか農業法の演習(ゼミナール)を担当し、さらに農村調査論の講義をも担当していたことがあり、右農業法の講義及び演習(ゼミナール)の主要な内容はほぼ別紙(一)記載のとおりである。そうして右講義及び演習(ゼミナール)はもちろん法律学一般に通ずる基礎的概念ないし思考様式等に触れるところがない訳ではないけれども、それが農学部においてなされるものである性質上、法律専門家の養成を直接目的とするものではなく、農業専門家となるために必要とされる知識を与えるためになされるものであり、従つてこの点において法学部等において法律専門家の養成を目的としてなされる法律学の講義とはその色彩を異にしている。すなわち農業専門家たるためには国の農業政策についての認識と理解を持つことが是非とも必要であることはいうまでもないが、そのためには国の農業政策の立法的表現であり、かつこれを法律的に規制するものである農業に関する法律についての知識、理解が必要となる。そうして原告の担当する農業法の講義は、この観点から右のような意味での知識、理解を与えることを主たる目的とするものであり、従つてその内容も公法及び私法の領域に跨る多数の農業に関する法律ないし制度について並列的にその歴史的政策的意義、内容の概略等に関する知識を与える点に重点が置かれているものと認められるし、演習(ゼミナール)もまた右の点についてさらにこれを敷えんするかあるいはこれを理解するうえに役立つような事項についての指導研究を主たる内容とするものと認められる。そうしてその反面実定法一般に通ずる法律的思考様式の修得ないし統一的体系をなすある法律の分野についての綜合的知識を与えることは少くともその主要な目的ないし内容をなしてはいないものと解せられる。そうしてまた原告が明治大学教授としてなしている研究活動の対象及び内容もまた右に述べた講義のそれと照応するものと推認され、他に以上の認定を左右するような証拠は存在しない。

右に述べたところを総合して考えるときは、原告が明治大学教授として同大学農学部において担当した農業法は前述の弁護士法第五条第三号の法意から考えて、右法条にいわゆる「法律学」には該当しないものと解するのが相当であり、これと見解を異にする原告の主張は採用しない。よつて原告は弁護士法第五条第三号所定の「法律学の教授又は助教授の職に在つた者」に該当せず、弁護士の資格を有しないものといわざるを得ないから、同人の弁護士の登録請求の進達を拒絶した東京弁護士会の措置は結局妥当であつたものというべきであり、従つてこれに対する異議申立を棄却した被告連合会の本件処分にもなんら違法ないし不当の点はないものと解するのが相当である。

よつてこれと異る前提のもとに被告連合会のなした本件異議申立棄却処分の取消を求める原告の本訴請求は、その理由がないことが明らかであるからこれを失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野威夫 満田文彦 藤田耕三)

別紙(一)

農業法講義内容

農業法総論

序章   世界の農業法学界

第一章  農業法の概念

第二章  農業法の法源

第三章  農業法の主体

第四章  農業法の法域と全法律体系中における地位

補章   アメリカの農業法

農業法沿革史

明治初年太政官布告より現行法に至るまでの沿革

農業法各論

序章   農業法の概観

第一章  農用地法論

(A)農用地用益法論

(B)農用地改良法論

第二章  農業助成法論

第三章  農業団体法論

第四章  農産物流通法論

第五章  農業金融法論

第六章  農業保険法論

農業法演習(ゼミナール)

左記題目についての指導研究

(一) 農地改革と憲法第二九条

宇都宮地裁判決  昭和二二年(ワ)第一〇八号

静岡地裁判決   昭和二三年(行)第一六号

最高裁大法廷判決 昭和二四年(オ)第一〇七号

東京高裁判決   昭和三〇年(ネ)第三四九号

(二) 違法な農地買収処分の行政処分としての効力

自創法第五条違反の農地買収処分

(三) 農地法と慣習(農業水利権概念の変化)

(四) 農業法と契約の自由(農業法と債権法)

(五) 農産物取引関係の法的規制

農業協同組合の法的性質―民法第一六七条、商法第五二二条

大審院昭和二年六月二二日判決

神戸地裁判決大正五年(レ)第一七二号

(六) 農業災害保障制度

社会保障か保険か

(七) 外国の農業基本法

アメリカ(AAA法)、ドイツ、スイス等

(八) 農地法と農業法人

徳島、鳥取

別紙(二)

「農業法講座」講義要目

総論

一、資本主義法律原理と農業法原理

二、農業法の意義及びその限界

三、農業法の法源

四、農業法の基本関係

五、農業法の諸原則

六、農業法の法域及びその全法律体系中における地位

各論

一、農用地法論

A 農用地用益法論

農地法 (昭二七・法二二九)

入会権 (民法第二四九条以下)

永小作権 (民法第二編第五章)

農業水利権 (民法第二一四条ないし第二二二条、第二三七条、第二三八条、第二八五条並びに慣習法、判例法)

農事調停 (民事調停法第二六条以下)

その他

B 農用地改良法論

土地改良法 (昭二六・法一九六)

耕土培養法 (昭二七・法二三五)

畑地単作地域農業改良促進法 (昭二八・法二〇五)

牧野法 (昭二五・法一九四)

その他

二、農業生産施設法論

農業機械化促進法 (昭二八・法二五二)

農地開発機械公団法 (昭三〇・法一四二)

その他

三、農業協同組織法論

農業協同組合法 (昭二二・法一三二)

農林漁業組合再建整備法 (昭二六・法一四〇)

農林漁業組合連合会整備促進法 (昭二八・法一九〇)

その他

四、農業取引法論

中央卸売市場法 (大一二・法三三)

農業倉庫業法 (大一五・法三二)

食糧管理法 (昭一七・法四〇)

家蓄商法 (昭二四・法二〇八)

家蓄取引法 (昭三一・法一二八)

農林物資規格法 (昭二五・法一七五)

農産物検査法 (昭二六・法一四四)

その他

五、農業金融法論

農林中央金庫法 (大一二・法四二)

農業動産信用法 (昭八・法三〇)

農林漁業金融公庫法 (昭二七・法三五五)

自作農維持創設資金融通法 (昭三〇・法一六五)

農業改良資金助成法 (昭三一・法一〇二)

開拓者資金融通法 (昭二二・法六)

開拓融資保証法 (昭二八・法九一)

その他

六、農業共済保険法論

農業災害補償法 (昭二二・法一八五)

農業災害補償法臨時特例法 (昭二七・法一八五)

農業共済基金法 (昭二七・法二〇二)

森林火災国営保険法 (昭一二・法二五)

その他

以上

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